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【ESL Podcast】English Café 569-1:セオドア・ルーズベルト大統領をキャンプに連れ出して説得!アメリカ最初の自然環境保護者ジョン・ミューア John Muir and The Sierra Club

English Café 569」のひとつめの話題"John Muir and The Sierra Club"の要約です。これまでのESLPodcastのレッスンは以下のリンクからどうぞ。

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今回のラーニングガイド(有料)のWHAT INSIDERS KNOW(音声なし)は、南北戦争において南部同盟側(Confederate)で戦った先祖をもつ女性たちの非営利団体で1894年に設立された「United Daughters of the Confederacy」についてでした。

 

John Muir and The Sierra Club:ジョン・ミューアとシエラクラブ

2752795130_311da231a9_zPhoto:Yosemite Valley

immigrant:移民、他国からの移住者

ジョン・ミューア(John Muir)は多くのアメリカ人のように移民(immigrant)でした。1838年にスコットランドで生まれ、彼が11歳のときに家族でウィスコンシン州の小さな町ポーテージ(Portage)に移住してきました。

ウィスコンシン州(Wisconsin)は、ミネソタ州(Minnesota)の隣にあります。ミネソタは中西部の上側(upper Midwest)にあり、北部の中心的な場所で、私の出身地でもあります。

ミューアの家族は父親が所有する農場で働き、ミューアは自分で数学や読み書きを覚えました。そして新しい機械(machines)をつくることに興味を持ちました。

botany:植物学

ミューアは、20歳のときにウィスコンシン州の州都マディソン(Madison)に移ることにし、ウィスコンシン大学マディソン校で植物学(botany)を学びました。植物学とは、植物や植物の生態を科学的に研究する(scientific examination or study)ことです。

schooling:学校教育

1861年に始まった南北戦争(American Civil War)が主な原因で、ミューアは学校教育(schooling)を終えることができず、両親のもとに帰り地元の学校で教師になりました。

eyesight:視力、視野

南北戦争後、ミューアは様々な機械に興味をもち、地元の工場で働き始めましたが、1867年に酷い事故(a terrible accident)に遭い、視力(eyesight)を失いました。

blind:目の不自由な、目の不自由な人

一時的に(temporarily)彼は目が不自由(blind)になりました。目が不自由であるというのは、見る能力がない(inability)という意味です。

幸運にも、彼の視力は戻りましたが、目が見えない間、ミューアは多くのことを考えました。彼は仕事をやめ、人生の目的(purpose)も変えました。機械を使って仕事をしたり、新しい機械を発明することの代わりに、植物と自然について研究しはじめました。

Gulf of Mexico:メキシコ湾

ミューアはそのたいへん(rather)重要な第一歩として、ウィスコンシンからフロリダのメキシコ湾(Gulf of Mexico)まで歩くことにしました。メキシコ湾は大西洋(Atlantic Ocean)に属する地域(region)です。

地図を見ると分かりますが、たいへん北側にあるウィスコンシンと南側の端にあるフロリダはとても離れています。アメリカの反対側にある場所です。ミューアは1000マイルを歩こうとしたのです。

journal:日記、日誌、雑誌

ミューアは旅の間、その経験を日記(journal)に書き留めました。日記は、日々の生活で自分の考えたこと(thoughts)や面白いと思ったことを書き留める(keep)ものです。

この日記は彼が亡くなった後に出版されましたが、彼に物を書くことに対する自信(confidence)を間違いなく(no doubt)与えました。なぜなら彼はその後、自分の文章によってたいへん有名(well-known)になり、影響力を持ったからです。

Yosemite Valley:ヨセミテ渓谷

この気違いじみた徒歩によるフロリダへの旅の後、彼はカルフォルニアのサンフランシスコへ行くことにしました。19世紀後半だった当時、サンフランシスコはカルフォルニアで一番大きな都市でした。ロサンゼルスはとても小さな町だったんです。

そしてヨセミテ渓谷(Yosemite Valley)を訪れることにしました。ヨセミテ渓谷はサンフランシスコの東の約250km(160マイル)のところにあります。

glacier:氷河

ヨセミテ渓谷はたいへん美しい場所で、独特な形をした岩が並んでおり(rock formations)興味深いものがたくさんあります。ミューアの理論によれば、この岩群は、氷河(glacier)により形成されたものです。

氷河は氷でできた巨大なもので、ゆっくりとその地域を移動します。ミューアのこの理論は、当時は新しい考え方でしたが、後に科学者たちが、その正しさに気が付きました。

to preserve:保存する、維持する、保つ

1876年にミューアは、彼の残りの人生を変えることになったプロジェクトを始めました。彼は科学や植物についての原稿を書く代わりに、滞在していたヨセミテ渓谷の美しい地域を保存(preserve)しようとしたのです。

保存(preserve)するとは、なにかを変えないために元の状態のままにするという意味です。

conservationist:環境保存論者、自然環境保護主義者

様々な地域の自然環境を保護すると言うときには、特別に名詞の"conservation"を使います。ミューアはアメリカで最初の自然環境保護主義者(conservationist)でした。

conservation:資源などの保護・管理、政府などによる自然環境の保護・管理

natural resources:天然資源

自然環境保護主義者(conservationist)とは、動物や植物、そして土地や水を含むその他の天然資源(natural resources)を守るために働く人のことです。

ミューアの考えに、部分的に賛同する人達もいました。その人達は国立公園(national parks)を作らなくてはいけないが、企業もまたその地域の天然資源を使えるようにしなくてはいけないと考えていました。

ミューアはその考えにはまったく賛同せず、最後には彼の考えが大衆の支持(popular support)を得ました。国民的な雑誌に、完全な保護がその地域には必要であるという記事を彼が書いたからです。

to found:企業や組織を創設する・設立する

そして1892年には、環境保護を促進する(promote)シエラクラブ(Sierra Club)という団体(organization)を設立(found)しました。

動詞としての"found"は、企業や組織を作るという意味になります。

mission:使命、任務、役割

シエラクラブの使命(mission)は、自然環境を守り、環境保護(conservation)を促進することです。

environment:環境、自然環境、周囲

自然環境(environment)という言葉は、自然界(natural world)を言い表す際に使われる言葉です。陸地、海、動物、これらは全て自然環境(environment)に含まれています。もちろん人間だって自然環境の一部ですよ。そのことを忘れているひともいますけれど。

シエラクラブの初代の理事長(president)となったミューアがしたことのひとつは、シエラクラブ会報(Sierra Club Bulletin)の発行でした。これは小冊子で、ミューアが取り組んでいる問題について知ってもらうために、記事を書いて人々に送ったものです。

Bulletin:広報、報告、告示、会報

1890年にはシエラクラブはたいへん重要な団体になり、当時の政治家の考えを変える影響力がありました。

ミューアが政府に要望していたことのひとつは、特定の地域を保護することでしたが、これはシエラクラブを始める前から、すでに成功を納めていました。

アメリカ政府は、ヨセミテ国立公園と、北カルフォルニアのセコイア(Sequoia)国立公園を1890年に設定(established:確立する)しました。

even more:もっとたくさんの

1903年には、当時の大統領(then-president)セオドア・ルーズベルトが、ミューアと共にヨセミテ地区へキャンプ旅行に出かけました。ミューアは大統領に、政府はもっとたくさん(even more)の自然環境を保護しなくてはいけないと納得(convinced)させました。

1908年、アメリカ政府は北カルフォルニアに、ミューア・ウッズ国定公園(Muir Woods National Monument)を設定し(established)、他の地域でも国立保護プログラム(national conservation program)に該当する保護の必要な場所はないかと調査を始めました。

ミューアはルーズベルト大統領とのキャンプ旅行のあと、11年間をかけてアメリカと世界を回りました。そして自然を保護することが、いかに重要なことなのかを説きました。

1914年にミューアは亡くなりましたが、そのときには既に世界中で素晴らしい環境保護主義者だと知られていました。今日でも、アメリカの多くの自然環境を保護する上で、最も影響があった人物として記憶されています。

 

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