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ESL Podcast English Café 580-1:大統領夫人が激怒して盛大なコンサートを開いた黒人オペラ歌手マリアン・アンダーソン:Marian Anderson

2016/11/15

marian_anderson

 

ESL Podcast English Café 580」の1つ目の話題のアメリカのオペラ歌手「マリアン・アンダーソン:Marian Anderson」の要約です。同じ回の他の話題については以下のリンクからどうぞ。

ESL Podcast English Café 580-2:質問コーナー in a heartbeat, in a second, in a moment; old, stale; deal with it

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大統領選、トランプ勝利しちゃいましたねー。昨日もちょと書いたんですが時代の流れからするとトランプ有利だなと思ってたんですよ。トレンドって強力ですね!

イギリスとアメリカはなんか状況が似てて、私が興味を持ってるのは、一般人がマスメディアや識者と言われるインテリ層にこれまでまったく反撃できていないことなんです。で、突然堤が崩れるように大崩壊する。日本だとじゃんじゃん苦情の電話がはいるような失礼なことを海外のマスコミさんは言ってますもん。一神教と多神教の違い?(高学歴≠頭がいい的な)とか思ったりしてます。

関連記事:クリントンに哀れな(deplorable)ヤツら呼ばわりされたトランプ支持者、哀れな存在に誇りを持ち選挙運動激化

さて、今日の話も面白いですよ。黒人オペラ歌手の話ですが、映像とか残ってて興味深いです。ルーズベルト大統領の奥様エレノアさん、あんた漢やわぁ~。

 

目次

Marian Anderson

最初のお話は、20世紀で最も素晴らしいオペラ歌手のひとり、マリアン・アンダーソンについてです。

アンダーソンは1897年2月(February)に、ペンシルバニア州のフィラデルフィアで生まれました。

フィラデルフィアはアメリカの東部にあり、ペンシルバニア州はニューヨーク州のお隣です。

 

Philadelphia, Pennsylvania

Philadelphia, Pennsylvania

 

choir:聖歌隊、合唱団、聖歌隊席

アンダーソンは、幼いころより素晴らしい歌声の持ち主でした。

彼女は6歳から、家族が通っていた教会の聖歌隊(choir)で歌い始めました。

"a choir"というのは、歌を歌う人達で編成された(organized)グループのことです。

聖歌隊というと教会とよく結びつけてしまいますが(associate)、聖歌隊は様々な所で歌っています。

 

unique:独特の、唯一の、ユニークな

アンダーソンは、たいへん独特の才能(unique talent)を持っていました。

彼女は、曲の中の女性が歌う箇所を、全て歌うことができたのです。

 

range:範囲、区域、並び

オペラなどには、バス、テナー、アルト、ソプラノといったパートがあります。

これらのパートは歌える音(musical notes)の範囲(range)を表しています。

 

classify:分類する、機密扱いにする

男性のパートは、非常に低音のバス(bass)、そしてバスよりはいくぶん高い音のテナー(tenor)に分類されます(classify)。

女性のパートは、アルト(alto)とソプラノ(soprano)があり、ソプラノは最も高い音で歌います。

アンダーソンは、アルトとソプラノの両方を歌うことができました。

 

to get together:集まる、協力する、相談をまとめる

彼女が19歳のときに、教会の会員たちはお金を集めて(to get some money together)アンダーソンに送り、彼女に歌の勉強をさせることにしました。

 

unable~:~することができない

彼女は裕福な家の出ではありませんでした。

母親は教師になる勉強をしましたが、黒人女性だったため教師の職を得られませんでした(was unable to get a job)。

彼女の父親は、彼女が12歳のときに事故で亡くなっていました。39歳でした。

 

to turn down:拒絶する、却下する;折りたたむ;音や火を小さくする

教会の会員たちは、有名な歌の教師であるジゥセッピ・ボゲッティ(Guiseppi Boghetti)の元で学べるように、十分なお金を集めて彼女に送りました。

アンダーソンはフィラデルフィアの音楽学校に行こうとしたのですが、学校側に拒絶されました(was turn down)

彼女は黒人だったため、入学の許可(admission)を拒絶されたのです(was refuse)。

その学校は、白人にだけを入学させていました。

 

Negro spirituals:黒人霊歌

有名な教師ボゲッティの元で学ぶために、アンダーソンはオーディション(audition)を受けねばなりませんでした。

彼女はオーディションで、黒人霊歌(Negro spirituals)と呼ばれている曲を歌いました。

黒人霊歌とは、アメリカの黒人コミュニティで長い間歌われ、評判のよい宗教的な歌の数々のことです。

 

the promised land:約束の地、天国、憧れの地

彼女はこのオーディションで、"ディープ・リバー:Deep River"を歌いました。

この曲は、約束の地(the promised land)へと、天国へと、自由な場所へと着きつつあるという考え(idea!)を歌ったものです。

 

incredible:信じられない、驚くべき、途方もない

少しだけ彼女の曲をご紹介しましょうね。

この歌に込められた考えと、彼女の驚くべきパワーのある声を聞いてください。

 

Marian Anderson - "Deep River" (Spiritual)

Deep River Lyrics

Deep River,
My home is over Jordan.
Deep River, Lord.
I want to cross over into campground.

Deep River.
my home is over Jordan.
Deep River, Lord,
I want to cross over into campground.

Oh, don't you want to go,
To the Gospel feast;
That Promised Land,
Where all is peace?

Oh, deep River, Lord,
I want to cross over into campground.

関連サイト:Deep River (song) Wikipedia

 

gift:才能、贈り物

彼女の歌を聞いた時、著名な音楽教師ボゲッティは、彼女の声のあまりの素晴らしさに叫んだと言われています。

彼はアンダーソンの素晴らしい才能(gift)を発展させるために、無料で教えることを決めました。

 

philharmonic:交響楽団の、大きなオーケストラ

歌の訓練を終えた後、アンダーソンは歌のコンテスト(a contest, a competition)に参加しました(enter)。

そのコンテストの優勝賞品(prize)は、当時のアメリカで最も素晴らしいオーケストラであるニューヨーク・フィルハーモニック(New York Philharmonic Orchestra)で歌うチャンスがもらえるというものでした。

"Philharmonic"とは、たくさんのクラッシック演奏家が演奏する交響楽団(symphony orchestra)のことです。

交響曲(symphonies)は、特に多くの音楽家が必要とされます。

アンダーソンはコンテストで優勝し、1925年にニューヨーク・フィルハーモニックと共演しました。彼女が20代後半のことです。

 

tour:小旅行、巡業、遠征

ニューヨーク・フィルハーモニックとの共演後、彼女はさらに有名になりました。

そこで音楽の先生について勉強だけでなく、アメリカ中でコンサートを開きました。

ですが多くの場所で、黒人がコンサートを開くことを認めていませんでした。

そのため、彼女の巡業(tour)は、上手くいきませんでした。

 

segregation:分離、隔離、人種隔離

この時期、特に1950年代以前は、アメリカの多くの部分で公式な政策(official policy)として人種隔離(segregation)が行われていました。

人種隔離(segregation)とは、肌の色を元に人々を分離するという政策です。

 

scholarship:奨学金、奨学金制度

1930年代、アンダーソンはヨーロッパで学ぶための奨学金(scholarship)を得たでの、アメリカを離れることにしました。

奨学金(scholarship)は、学習を支えるために支給されるお金のことです。

アンダーソンはヨーロッパで、素晴らしい作曲家達(composer)や指揮者達(conductor)と知り合いになりました。

 

Finnish:フィンランド人の、フィンランド語の

彼女は特に、フィンランド人の作曲家(Finnish composer)であるジャン・シベリウス(Jean Sibelius)と仲良くなりました。

ヨーロッパには人種隔離政策がなかったため、彼女は色々な場所でコンサートを行えました。

そして彼女は、たいへん有名になってきました。

実際、偉大なイタリアの指揮者トスカ二ーニは、彼女の歌声は100年にひとりのものだと言っています。(Toscanini said she had a voice that one only hears every one hundred years.)

 

Daughters of the American Revolution:アメリカ革命の娘たち

アンダーソンはアメリカに戻ったあと益々有名になり、コンサートをし、友達も多く出来ました。

その中のひとりに偉大な科学者であるアインシュタイン(Albert Einstein)もおり、彼がプリンストン大学で働いている間、アンダーソンは彼の家で過ごしたりもしていました。

1939年、アンダーソンはワシントンDCにあって、アメリカ革命の娘たち(Daughters of the American Revolution, DAR)という組織が所有する建物でコンサートを開きたいと思っていました。

"ワシントンDC"関連記事:ESL Podcast English Café 575-1:アメリカの首都がワシントンDCになった理由(彷徨う政府と借金取りになった兵士), The Pennsylvania Mutiny of 1783 and the creation of the District of Columbia

 

imply:含む、暗にいう、暗示する、ほのめかす

アメリカ革命の娘たち(Daughters of the American Revolution, DAR)は、最も古くからある女性組織のひとつです。

その名が暗示する(imply)ように、この組織は18世紀の独立戦争時からいたアメリカ人たちの子孫(descendant)で組織されています。

 

integrated:人種的差別をしない、統合した

ですので、たいへん伝統的な(traditional)組織であるだけでなく、変化をあまり好みませんでした。

そして、アフリカ系アメリカ人を社会に統合し(integrated)、白人と同じ権利を与えることを好みませんでした。

 

secretary of the interior:内務省長官、内務大臣

DARの会員であり、フランクリン・ルーズベルト大統領の妻でもあったエレノア・ルーズベルト(Eleanor Roosevelt)は、この件にたいへん怒りました。

あまりに怒ったため、DARもやめ(resigned, quit)ました。

そして当時の内務省長官(secretary of the interior)と共に、アンダーソンのワシントンDCでのコンサートを企画しました。

 

memorial:記念館、記念碑、記念行事

彼女が考えたコンサートは、建物の中ではなくリンカーン記念堂(Lincoln Memorial)の前で行うコンサートでした。

 

The Mall:モール

私達の首都であるワシントンDCの写真をみたり、訪れたりすれば、アメリカ合衆国議会議事堂(Capitol Building)の前には、ほぼ芝生で覆われた長い区域があるのが分かるでしょう。

その場所をモール(The Mall)と呼びます。

そして議事堂の反対側の端には、リンカーン記念堂(Lincoln Memorial)があります。

 

patriotic:愛国の、愛国的な、愛国心の強い

1939年、アンダーソンが招かれて、このコンサートは開かれました。

大変愛国的な歌(patriotic song)を含む数曲を、彼女は披露しました。

それはマイ・カントリー・ティズ・オブ・ジー(My Country ’Tis of Thee)という歌で、彼女はこの歌を歌うことにより、彼女もまたアメリカを誇らしくおもうアメリカ人のひとりなのだと示しました。

Marian Anderson Sings at Lincoln Memorial

My Country ’Tis of Thee Lyrics

My country, 'tis of thee,
Sweet land of liberty,
Of thee I sing;
Land where my fathers died,
Land of the pilgrims' pride,
From every mountainside
Let freedom ring!

’Tis:it is の短縮形 thee:汝は、汝を

 

to draw attention to (something):注意を引く

もちろんエレノア・ルーズベルトたちは、アンダーソンがひとりのアメリカ人としてリンカーン記念堂の前で歌っているのだという事実に、みんなの注意を引きたかったのです。

"'tis of thee"とは、あなたのことを話していますよ(I’m talking to you)という意味です。

※thee≒you

このコンサートのあと、アンダーソンはイギリスの王と女王のために歌うため、ホワイトハウスに招かれました。

彼女はホワイトハウスにパフォーマンスのために招かれた、最初のアフリカ系アメリカ人となりました。

 

accomplishment:成果、業績、功績

この有名な1939年のコンサートの後も、彼女は歌い続けました。

そして他の多くの功績(accomplishment)を残しました。

彼女はニューヨークメトロポリタン・オペラ(New York Metropolitan Opera)で歌った最初のアフリカ系アメリカ人です。

 

inauguration:就任、就任式、発足

1957年には、アイゼンハワー大統領(Dwight D. Eisenhower)に依頼され、彼の二度目の大統領就任式(inauguration ceremony)で歌いました。

 

goodwill ambassador:親善大使

アイゼンハワー大統領はまた、彼女を親善大使(goodwill ambassador)に任命しました。

親善大使(goodwill ambassador)とは、国のイメージなどを促進する(promote)人物のことです。

アイゼンハワーは、自由権規約人権委員会(United Nations Human Rights Committee)のアメリカ代表に彼女を選びました。

また、1961年のケネディ大統領(John F. Kennedy)の大統領就任式典でも歌いました。

 

lifetime achievement award:特別功労賞

1963年、アンダーソンは、その年の最高の1曲に与える賞(グラミー賞:Grammys)をずっと贈っている組織から、特別功労賞(lifetime achievement award)を授与されました。

また、大統領自由勲章(Presidential Medal of Freedom)も受賞しました。この賞は、アメリカ政府が軍人以外の一般市民(non-military citizen)に与える最高の賞です。

1965年に、アンダーソンは引退を決め、アメリカで最も有名なカーネギーホール(Carnegie Hall)で最後のコンサートを行いました。

 

farewell:ごきげんよう、さようなら

ところで、この1964年のさよならツアー(farewell or final tour)の始まりは、DARコンスティテューション・ホール(DAR Constitution Hall)で開かれ、この場所は、1939年に彼女が歌うことを許されなかった場所なのです。

 

nephew:甥

1940年代の初めに彼女は結婚をし、夫とともにコネチカットで過ごしました。

夫の死後、甥(nephew)の住むポートランドに移り、1993年に96歳で亡くなりました。

彼女が亡くなった日、新聞には彼女のあらゆる話が新聞に掲載されたことを私は覚えていますよ。

彼女は本当にアメリカの偉大なシンガーのひとりでした。

 

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