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ESL Podcast English Café 584-1:100歳まで生きて生前に2回も死亡記事を書かれたコメディアン、ボブ・ホープ(Bob Hope)

2016/12/10

Bob Hope

「ESL Podcast English Café 584」の1つ目の話題のコメディアン「ボブ・ホープ:Bob Hope」の要約です。

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今回はコメディアンのボブ・ホープさんのお話です。Wikipediaによると生前に死亡記事を2回も書かれているそうで、100歳までご存命だったこともあると思いますが、いかにもコメディアンらしい逸話だなと思いました。

 

Bob Hope

今日は、20世紀中頃から後期にかけて、アメリカでもっとも有名だったエンターテイナーのひとりボブ・ホープ(Bob Hope)をご紹介しましょう。

 

to immigrate:移住する

彼は1903年にイギリスでレズリー・タウンズ・ホープ(Leslie Townes Hope)として生まれました。

ホープの家族は、彼がまだ幼い少年だった1907年にアメリカへと移住しました(immigrate)。

"to immigrate"とは、ある国から他の国へと移動し、そして移動した先の国でずっと(permanently)暮らすことをいいます。

ホープ一家はアメリカの東部にあるオハイオ州クリーブランド(Cleveland)へと移住しました。

Cleveland, Ohio

Cleveland, Ohio

 

entertainer:エンターテイナー、芸人、歌手やコメディアンやダンサー

ホープは10代の頃からエンターテイメントに関わり始めました(got involved in)。

彼はエンターテイナー(entertainer)でした。

エンターテイナーとは、歌ったり、踊ったり、ジョークを言ったり(making jokes)といった色々なパフォーマンスで人々を笑わせ、幸せな気持ちにさせる人のことをいいます。

ですがエンターテイナーという言葉は、もうあまり使われていません。

今では、俳優だったり、歌手だったり、コメディアンといった言葉を使います。

エンターテイナーとは、そういった人達がするすべてのことを少しづつ行います。

特に20世紀中頃にテレビに出て、パフォーマンスをしていた人達のことをエンターテイナーと呼んでいますが、それはその人達が複数の種類のパフォーマンスを、よくひとりで行っていたからです。

 

vaudeville:ボードビル、歌・ダンス・劇などを組み合わせたショー

ホープはボードビル(vaudeville)という一種のショーからキャリアをはじめ、最初はシンガー兼ダンサーでした。

ボードビルは、特に20世紀初期に人気のあったショーで、コメディや演劇や歌唱やダンスなどが含まれます。

 

comedy:喜劇、コメディ

後になって、ホープは自分のいつもの演目(routine)に、コメディを入れ始めました。

 

routine:決まりきった仕事、日常の仕事、型にはまった演技

"routine"とは、行われるパフォーマンスのことで、ホープが歌う歌やダンスやジョークのことです。

 

to found success:成功を手にする

ボードビルのショーで人気が出て成功を手にした(found success)ホープは、1933年にニューヨークのブロードウェイにいき、「ロベルタ:Roberta」というミュージカルに出演します。

 

signature song:代表曲

1938年には演じることもはじめ、「The Big Broadcast of 1938」という映画の主役を演じました。

現在では誰もこの映画のことを覚えていませんが、当時この映画は大変な成功を収め、映画の中の曲「Thanks for the Memory」は、彼の最初の代表曲(signature song)となりました。

"signature song"というのは、その曲を聞くとホープのことを連想する(associate)ような曲のことです。

Oh yeah, Bob Hope. He's the guy who sings ‘Thanks for the Memory'.

(曲を聞いて)ああ、ボブ・ホープだね。"Thanks for the Memory"を歌ってるひとだよね。

ホープが作曲した曲ではなかったのですが、でもみんなホープを連想するのです。

 

ex-wives:分かれた妻たち、元の妻たち

ホープ演ずる男が、別れた妻たちのひとりを演じるシャーリー・ロス(Shirley Ross)と一緒にこの曲を歌います。

 

memory:思い出、追憶

この曲は悲しくもあり幸せでもある歌で、今でも愛し合っている2人が、結婚していたころのことを歌っています。

Thanks for all the memory Of rainy afternoons,

雨の午後の思い出をありがとう

swingy Harlem tunes

ハーレムのスィング・ミュージック

Motor trips

自動車での旅行

and burning lips

燃えるような唇

and burning toast

燃えちゃってるトースト

and prunes

それからプルーン

How lovely it was . . .

なんて素敵だったんでしょう

 

prune:果物のプルーン

 

Thanks for the Memory

 

swingy:音楽がスィング風の

"swingy"とは、一種の音楽(music, tunes)のことで、聞いているとダンスがしたくなるような音楽のことです。

 

Harlem:ハーレム、ニューヨークにある地区

"Harlem"は、ニューヨークにある地域のことで、昔からアフリカ系アメリカ人と関わりが深い場所です。

そして"Harlem"では、スィング(swing)やジャズ(jazz)がよく演奏されていました。

 

burning:燃えるような、燃えている

燃えるような唇(burning lips)と歌ってますが、たぶん愛する人とキスをしてホットな気分になってたんでしょう。

 

series:続き物の、シリーズの

映画「The Big Broadcast of 1938」は、ホープにとって手始めでした。

2年後には、彼はシリーズ物の映画に出演して、アメリカで最も有名なコメディアンのひとりになっていました。

 

road movies:ロードムービー

そのシリーズ物は、ロードムービー(road movies)と呼ばれるもので、普通は2人で世界の色々な場所を旅する映画です。

 

to co-star:(動)共演する

最初の1本は「シンガポールへの道:Road to Singapore」です。

ドロシー・ラムーラ(Dorothy Lamour)と当時の有名歌手ビング・クロスビー(Bing Crosby)を共演に迎えて(co-star)撮影されました。

 

incredibly:信じられないほど、非常に

恋人のことを忘れるため、ホープとクロスビー演じる2人の男たちは、シンガポールへと旅立ちます。

そこでラムーラ演じる美しい女性に出会うのです。

このコメディ映画は、面白いジョーク満載で、当時の観衆に信じられないほど(incredibly)人気を博しました。

それから20年に渡り、ホープとクロスビーとラムーラは、6本を超える映画を同シリーズで作製しました。

1942年のモナコ(Morocco)、42年の理想郷(Utopia)、47年のブラジルのリオ、52年のインドネシアのバリ(Bali)、62年には香港などです。

どれも人気となりましたが、特に1940年代の物が最も成功しました。

 

Brunette:ブルネット、黒みがかった髪

ホープは他の映画にも出演しました。

「金髪がお好き:My Favorite Blonde」「僕好みのブルネット:My Favorite Brunette」「気取り屋:Fancy Pants」

Fancy Pants:気取った男、女々しい男、弱虫

※上記映画の題は拙訳です。

 

"blonde"は、黄色がかった(yellowish)髪の女性のことで、男性の場合は最後の"e"をとって"blond"となります。

"brunette"は、茶色の髪の女性のことです。

 

character:人物、劇中の役、性格、特色

映画の中で、ホープの役はあまり感じの良い(nice)役柄ではなく、見ている観衆は、彼がやっていることが上手くいかなければいいのにと願っていました。

映画の中で、観客から好まれないことになっている役柄を演じるのは、当時の他の人気俳優たちとはまったく違う方向性でした。

彼がこの映画シリーズで成功を収めたのは、たくさんのジョークを披露したためです。

最後には、この恋愛ゲームに負けてしまうんですけれどね。

 

to be stationed:配置される、駐在させられる

ホープは映画だけでなく、1930年代にボードビル(vaudeville)でやっていた頃と同じようなショーを世界中で公演しました。

最も以前のように、歌やダンスはそれほどやりませんでした。

歌やダンスのパートのために、共演者たちを招きました。

最も有名な公演は、他の国に配置された(be station)アメリカ軍の軍人たちのために開いたものでした。

 

United Service Organizations:USO、軍人とその家族を支援する組織

ホープは"USO"の活動のひとつとして、軍人への公演を行いました。

"USO"とは、"United Service Organizations"を表し(stand for)、この組織は軍人とそのご家族の支援をしています。

 

all the way:ずっと、はるばる、わざわざ、道中ずっと

ホープは1950年代から1990年代までずっと(all the way)この慰問活動を続けました。

朝鮮戦争やベトナム戦争(Korean or Vietnam wars)のような戦時だけではなく、平和な時期も行なっていました。

※コリア↑と語尾をあげると「仕事のキャリア」、コリア↓と下げると韓国の意味になります。おおざっぱな説明ですが。

※ベトナムの発音に注意!「べっなーむ」みたいな感じ。

 

ホープはキャリアの終わりにかけて、40年代や50年代の映画でよりも軍への慰問公演でより有名になっていました。

テレビの出演もしていて、ほぼ毎年「ボブ・ホープスペシャル:Bob Hope Special」という番組もありました。

1年に1回か2回、歌やダンスやその他の出し物、そしてもちろん彼のジョークです。

これらの番組のうちのいくつかは、"USO"の軍隊への慰問のショーが放映されましたが、ほとんどはクリスマスなどに通常のショーが行われ、1960年代から90年代までほぼ40年に渡り放送されました。

 

Bob Hope Christmas Special (1967)

 

honorary:(地位・学位など)名誉として与えられる、名誉上の

ホープは人生の最後までパフォーマンスを続け、2003年に100歳で亡くなりました。

彼はエンターテイメントの世界で、可能な限りの主だった名誉(honor)と賞(award)を授与されました。

大統領もセレブも、彼の知り合いです。

そして彼もまたセレブのひとりであり、少なくとも私の年代では愛されていました。

 

live out:命を全うする、通いで勤める

ここ南カルフォルニアのパームスプリングで、彼は生を全うしました。そこはロサンゼルスから1時間程のところにある砂漠の中の街です。

 

named after~:~にちなんで

ロサンゼルスには、彼にちなんで名付けられた空港があり、北側の中心街のバーバンク(Burbank)という街にあります。

小さい空港なんですが、エンターテイメント業界の人がよく利用しています。

彼が亡くなるときに、彼の奥さんが「どこに埋めて欲しい?」と聞いたんだそうです。

そうしたら彼は、いつものようにこんな風に、ジョークを言おうとしたんだそうです。

Surprise me.

期待してるよ。

 

関連サイト:Wikipedia ボブ・ホープ

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